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傷と治療の知識
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皮膚の再生医学
■培養皮膚の夜明け
ボストンにあるマサチューセッツ工科大学の研究室で、試験官内での細胞培養に没頭していたグリーン博士は、顕微鏡下で、ある日奇妙な現象に気が付きました。
表皮細胞が、混在した線維芽細胞に排除されずに、元気よく増殖しているのです。
元来線維芽細胞は増殖能が旺盛で、他の細胞を押さえ付けて自分だけ増え続ける傾向があります。
表皮細胞の培養のため、皮膚を表皮と真皮にわけて、表皮細胞だけを採取したつもりでも、線維芽細胞を完全に取り除くことは容易ではありません。その際、僅かながら混入する線維芽細胞が表皮細胞を圧迫し、駆逐してしまうことが、これまで表皮細胞の培養を難しくしていたのです。
しかしこの時グリーン博士の使った線維芽細胞は、正常の皮膚由来のものではなくて、ネズミの腫瘍から取れた3T3と呼ばれる特別なものでした。
更に分かったことは、3T3は表皮細胞の生育の妨げにならないだけでなく、積極的に其の増殖を支えるということでした。
次に博士がしたことは、あらかじめシャーレの表面を3T3細胞で埋め尽くし、それに放射線をかけるか又は制がん剤を加えて分裂を止めることでした。其所へ表皮細胞を播けば、3T3のシートの上で表皮細胞だけが増殖し、やがて3T3は分裂を続ける表皮細胞に押しのけられ、表皮細胞のみの培養ができあがります。此れに使われた3T3はフィーダーレイヤー、サポート細胞層と呼ばれるようになりました。
更に実験を進めると、人間の表皮細胞も、3T3を使えば培養が可能なことが分かってきました。 その後博士らのグループは培養条件の改良を重ね、切手大の皮膚から三週間でほぼ三千倍の表皮のシートを培養で造りだすことに成功しました。
1983年、米国で重症熱傷の少年に用いられ、98%の熱傷患者を救うという画期的な成功につながることになります。それまでは90%以上の熱傷の救命率はゼロだったのです。
これをきっかけに培養皮膚の研究は全世界で行なわれるようになり、表皮だけのシートでなく真皮層を組み合わせたものや、遺伝子操作を行った細胞を組み込んだり等多方面に発展し、話題の新分野、再生医療の最先端となりました。
ところで再生医療という言葉は最近の流行ですが、簡単に言えば、「人工物で造った骨組みに患者の臓器からとった細胞を播種し、培養して、臓器の原型を作り、それを又本人にもどして臓器を造らせる」、という手法です。
つまり、肝臓なら肝臓、皮膚なら皮膚といった臓器を、体外で構築して移植するわけです。
これなら、他人の臓器を移植する同種移植と違い、拒絶反応もなければ、ドナーを探す苦労もいらない、ということで、今後急速な発展が期待される分野です。2001年には、日本再生医療学会という学会も誕生しました。
現在実用化がもっとも進んでいるのが皮膚ですが、軟骨そして関節なども研究が進んでいます。
このような再生医療の手法で、他人の皮膚細胞を使った培養皮膚の作成も盛んになってきました。患者本人の細胞から作られた培養皮膚は永久生着しますが、他人の細胞から造ったものは、当然のことながら永久生着にはいたりません。しかし、生着はしなくても、同種の培養皮膚も大変重要な役割を果たせます。
それは、自家培養皮膚は作成に時間がかかるので、同種の培養皮膚はそれができるまでのつなぎになるのです。通常広範囲の熱傷のときには、大量の他人の皮膚が一時的なカバー材としてつかわれます。しかしドナーが足りない為、他人の皮膚を貯蔵しているスキンバンクは供給が追いつきません。将来は、同種の培養皮膚でその不足を補えるようになるでしょう。
また肉芽の上がりの悪い慢性の潰瘍面を、同種培養皮膚で覆うことで表皮化をうながし、又、移植した皮膚の着きをよくすることも可能です。(執筆:塩谷信幸)
■日本の再生医療のいま
日本では2007年10月に日本初の再生医療等製品として、「自家培養表皮」が体表面積30%を超える広範囲の重症熱傷に対して国から承認されました。この「自家培養表皮」は、株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)が名古屋大学大学院医学系研究科の上田実教授の指導を受けた後、培養表皮の開発者である米国ハーバード大学医学部のグリーン博士から直接指導を受けると同時に、同博士から前述の特殊な細胞である3T3-J2細胞(ヒト表皮細胞の培養にもっとも適した特別な3T3細胞)の譲渡を受けて開発したものです。
図:自家培養表皮ができるまで
「自家培養表皮」は2022年2月現在、重症熱傷だけではなく、先天性巨大色素性母斑、表皮水疱症(栄養障害型および接合部型)の治療にも使えるようになっており、いずれも保険が適用されています。
https://www.jpte.co.jp/business/regenerative/cultured-epidermis/index.html
更にJ-TECは「自家培養表皮」以外にも、「自家培養軟骨」「自家培養角膜上皮」「自家培養口腔粘膜上皮」という再生医療等製品についても国から認可を得ており、保険適用となっています。現在は、尋常性白斑を対象にした「自家培養表皮」、やけどを対象にした「他家(同種)培養表皮」、がんを対象にした「自家CAR-T細胞」などの開発を進めています。
保険が使えるJ-TECの再生医療等製品
自家培養表皮 | 自家培養軟骨 |
---|---|
重症熱傷 先天性巨大色素性母斑 表皮水疱症 |
外傷性軟骨欠損症 離断性骨軟骨炎 |
自家培養角膜上皮 | 自家培養口腔粘膜上皮 |
---|---|
角膜上皮幹細胞疲弊症 |
参考URL:J-TECホームページ https://www.jpte.co.jp/business/regenerative/
再生医療ナビ https://saisei-navi.com/hiza/
メモ:「自家」と「同種」の違い:「自家」とは自分、「同種」とは他人という意味です。「自家」であれば移植されたときに拒絶反応がおこらないため、移植後の免疫抑制が不要となります。
J-TECの製品以外にも、「遺伝子治療薬」「間葉系幹細胞」「遺伝子組み換えウイルス」「CAR-T細胞」など様々な「再生医療等製品」が国から承認され、保険適用となっています。
赤字は承認済、青字は開発中。2021年10月時点。J-TEC調べ。
参考URL:医薬品医療機器総合機構(PMDA)の新再生医療等製品の承認品目一覧
https://www.pmda.go.jp/review-services/drug-reviews/review-information/ctp/0004.html
また、再生医療等製品を取り扱う企業の業界団体「再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)」も2011年から再生医療の普及を目指して活動しています。
参考URL:https://firm.or.jp/
監修:株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)
特定非営利法人 創傷治癒センター 賛助企業
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