傷と治療の知識

傷についてもっと詳しく

  1. 傷の話 - 治り方から傷あと治療まで

よりよく傷を治すには?

 我々医療従事者は先に述べた傷の治り方から考えてできるだけ早く傷が治るように治療方針をたてていきます。
 傷の治し方には一般的に塗り薬(外用剤)、貼る材料(創傷被覆材)、外科的治療があります。また近年機器を用いて傷を陰圧に保つことで肉芽の増殖を促進するという治療法(陰圧閉鎖療法)も始まって我々にとって大きな治療武器となりました。ここでは傷の治療法の歴史、現在の基本的な治療の考え方と治療法をご紹介します。

1) 傷の治療の歴史

 最近みなさんも傷は湿らせて治す、ということをお聞きになったことがあると思います。1990年前半くらいまでは傷はひたすら消毒し、乾かしていた時代がありました。その後、湿らせて治す(湿潤治療)が主流となっています。ただ太古からみていくと当初は湿潤環境で治すような時代もあったようです。これはどのような変遷があったのでしょうか?

a. 古代

 古代エジプトでは傷を水とミルクで洗ったあとに蜂蜜と樹脂で覆っていたようです。またインドでは14種類の包帯と傷を覆う方法がありました。聖書では蜂蜜とぶどう酒を注いで包帯をしていた記述があります。日本でも神話の「いなばの白ウサギ」では大国主の命が傷をおったうさぎに真水で洗って蒲の穂で覆ってあげたという話があります。蒲の穂には止血効果があったようです。これらは湿潤管理を目的にしていたと考えられます。

b. 中世〜近世

 一時は沸騰した油を傷に塗布するということもあったようです。おそらく傷に付着した菌を殺す目的だったと思いますがかなり野蛮ですね。その後Pareが卵白、バラの香油、テレピン油で痛みの少ない処置を始めて今に通ずる軟膏療法が始まりました。

c. 近代

 1800年代に感染症はなんらかの原因によるという考えが相次いで発表され、細菌などが原因であるということが次第に判明し、傷を消毒すると早く治るという治療法が主流となってきました。乾燥管理が主流であった時代は主に感染対策を優先していたと考えられます。1900年に入って消毒が傷の治りを悪くするという考えもでてきていましたが1990年代後半までは乾燥管理が主流であった時代が長く続きました。最近発売がなくなった家庭用常備薬の代表である「赤チン」もこの考えによっていたと思います。  このような乾燥管理から湿潤管理に変わる大きな転換点の一つである1942年にアメリカで起きたココナッツグローブ火災事件を紹介します。この部分は本法人の理事長である塩谷の原稿を引用します。

ココナッツグローブ大火

 第二次大戦の最中、アメリカでは戦場での大量の熱傷患者の発生に備え、いかに最小の手間で、迅速に対処できるかの研究を進めていました。その一つとして、それまでの手のかかる消毒法や、包帯をやめて、消毒も抜きにして、唯ワゼリンガーゼでぐるぐる巻にしてすることが検討されていました。
 丁度その頃、ハーバード大学の外科の教授、オリバー・コープ博士は、火傷の皮膚をタンニン酸でかわかす従来の熱傷治療に疑問を抱き、新しい方法を試みていました。
 それまでは火傷に対しては先ず水疱を破り、タンニン酸で皮膚を羊皮紙のように固めて、かさぶたのように保護膜とし、更に色素を染み込ませて抗菌作用を期待するという面倒な方法が主流でした。これは面倒なだけでなく、かさぶたの下に膿がたまり、かえってひどくするのではないかと考えたのです。
 水疱液には創面にプラスな物質が含まれているに違いない。叉水疱膜は保護膜になるのではないかと言うのが博士の考えでした。つまり、余計なことを先ず省いてみようということです。
 たまたま博士は自分の姪が手に火傷をしたとき、家族によく訳を話して、水疱を破らずに、叉タンニン酸も塗らずに、きれいに治し、確信を深めたところでした。丁度この研究は戦時下の国の思惑とも合致し、相当額の予算を国から受けて、実用化に向けて体制を整えていたところでした。1942年のことです。
 其の秋、ボストンのナイトクラブで大火事が発生し、五百人以上の重症の熱傷患者が発生しました。
 大戦の最中、我々は食うや食わずで防空壕生活をしていたときに、ナイトクラブでどんちゃん騒ぎ等、彼我のゆとりの差を感じさせますが、たまたまその週はアメリカの感謝祭の連休で、叉ボストンカレッジのフットボールの試合とも重なって、街はお祭り騒ぎで沸き返っていたのです。
 重症の患者達はまず、ボストン市立病院に運ばれましたが、すぐ満杯となり、残る患者はすべてコープ博士のマサチューセッツ総合病院に搬入されました。そこでは数百人の熱傷患者を一時に治療するという、前代未聞の必要に迫られて、検討中であった、いわば最大限手を抜いた治療方針を適用したのです。処がその結果は、今までの手の込んだ処置よりも、かえって成績が良いことがわかったのです。
 そのナイトクラブがココナッツグローブという名前だったので、ココナッツグローブ大火としていまだに外科の教科書に引用されています。
 此れを機会に、今までの火傷を含めた総ての傷の処置が見直され、余計な操作を一切省いた処、熱傷の死亡率もぐんぐん下がり、今世紀の中ごろにやっとリスター以前に戻ったというわけです。
 二十年程前、熱傷視察団の団長としてマサチューセッツ総合病院を訪れて、コープ博士から直接一時間ほどお話を伺ったことがあります。あの大惨事にたいし、如何に病院を挙げて救命に取り組んだか、叉其のときの経験がその後の熱傷治療をどう変えていったか、30年以上も昔のことになるわけですが、克明に且つ淡々とはなされたのが印象的でした。(執筆:塩谷信幸)

d. 湿潤環境管理の流れへ

 1962年、動物学者であるWinterがブタに傷を作り、乾燥管理した傷とポリエチレンフィルムで覆って湿潤管理を行った傷では湿潤管理のほうが2倍早く治ったと報告しました。翌年、Hinmanらがヒトでも同じような結果がでたと発表しました。1986年にこの考えの治療材料である創傷被覆材が発売を開始されました。さらに1994年アメリカの公衆衛生局が湿潤環境管理を推奨し、傷の管理には創傷被覆材を用いることを検討するよう声明をだしました。この考えが日本にも導入され現在の傷の管理の考え方の基本が完成していきました。

2) 絶対に湿潤環境なのか?

 傷の治る過程が順調であれば湿潤環境で治療をすることは間違いありません。ただ感染が激しく、化膿したりあまりきれいでない滲出液が多量に出ている場合は一時的に乾燥管理をしたほうがよいと考えます。傷からでてくる滲出液は通常の傷の場合は傷を修復するサイトカインなどが大量に含まれますが、傷の状態が悪い慢性潰瘍ではむしろ阻害的に働くことがあります。そのためそのような滲出液を傷の近くに保つことはあまり推奨されません。
 また湿潤環境を誤解して傷の周囲の正常皮膚がふやけるくらいの状態もよくありません。理想的な湿潤環境とは傷の部分は適切に湿っていて、周囲の皮膚が乾いている状態であると考えます。

3) 傷を治す方法

 傷を治す方法には家庭でもできる外用剤(塗り薬)と貼って治す治療材(創傷被覆材)、医療機関で行っている外科的治療法や陰圧閉鎖療法などがあります。

a. 外用剤(塗り薬)

 古くから傷に薬を塗って治す方法です。みなさんのご家庭にもいくつかの塗り薬があると思います。外用剤はその使用目的である主剤とその原料を塗り薬にする基剤で主に構成されています。主剤には傷を治す、炎症を取る、細菌感染を減らすことや皮膚科では湿疹、水虫などの目的で別れています。例えば湿疹の薬を水虫に用いるとかえって悪化します。目的別に主剤を選ぶことが重要です。
 一方基剤はふつうは関心をもたれない成分ですが、さきに述べた滲出液のコントロールには重要は役割を担います。水の出し入れという意味で基剤を考えると局所の水分を吸収してくれるもの、保護してくれるもの、局所の水分を増やしてくれるものに分類できます。私たちはこれらの働きを考えて基剤を選択しています。ただ外用剤を単純に塗っただけではすぐに傷から取れやすいので、特に湿潤環境を保つためには適切に表面を覆う材料を用いる必要があります。一般的なガーゼでは傷から剥がすときに表面を傷めることがあります。そのため市販されているものでも傷にくっつきにくい素材を用いたガーゼ類もありますのでこれらと一緒に使うとよいでしょう。

b. 創傷被覆材

 湿潤環境の維持を目的に開発されたものが傷に貼って治す材料:創傷被覆材です。以前は医療機関でのみ使えましたが、近頃はドラッグストアでも購入できる材料がでています。創傷被覆材には、多量の滲出液を吸収するものから傷の保護を主な目的としたものまであります。傷の状態で適切に選ぶことが重要です。これらの材料は「一週間程度まで貼っていてよい」とされていますが、これは「一週間放置していてよい」という意味ではありません。傷の状態によっては被覆材で密閉されたことによって傷が感染したり、傷からでる滲出液を受け止められず、周囲の正常皮膚までふやけてしまいかえって傷の治りを悪くすることがあります。そのため適切に観察を行い、1週間を待たずに交換することもよくあります。みなさんが購入できる創傷被覆材は主にハイドロコロイド系です。この特徴は傷がうすく透けて見え、滲出液がでるとその部分が白くなっていきます。交換の目安は白くなった部分が元の傷の大きさより拡大したら替えたほうがよいと思います。その場合、被覆材を除去したあとは石鹸の泡でやさしく洗ってしっかり流水(シャワーで可)で流して新しい被覆材に交換するとよいでしょう。交換時に元の傷より悪化しているようであれば別の治療法を考えなくてはいけませんので医療機関を受診されることをおすすめします。

c. 外科的治療

 特に傷が深い場合は外用剤や創傷被覆材で治ることが遅くなり外科的治療が必要になります。皮膚が完全に裂けて皮下脂肪が見える傷は医療機関で相談しましょう。この場合、縫える傷は縫合します。また傷が深く、広い場合は皮膚を移植(植皮)したり、近くの皮膚を用いて閉鎖(皮弁)したりします。なお一時的に縫えるのは、傷ができてから早い時期でないと感染を起こしてできなくなります。24時間以内がよいと思います。時間が経過した傷はかならず感染があるので一時的に外用剤などで感染をコントロールしてから外科的治療に入ります。
 植皮などは主に形成外科が担当しています。

d. 陰圧閉鎖療法

 外科的治療が必要でも局所の状態や患者さんの全身状態が悪い場合に行うことがあります。この療法には専用の機器があり、傷に機器のスポンジや綿をあててフィルムで密閉します。フィルムの一部に穴をあけて機器と管でつなぎ、陰圧をかけることで傷からの肉芽形成を促進させる方法です。この機器の交換は週に2-3回程度行います。一般的には入院で治療をしますが外来通院で用いることができる機器もあり小さい傷は入院せずに治療ができます。
 欠点はやはり密閉するので感染を生じる可能性があることです。これを回避するために最近では傷を洗いながら陰圧をかけるという方法も開発されています。本療法で肉芽をあげてそのまま傷が閉じることもありますが、ある程度肉芽があがったら外科的治療で閉鎖することもあります。

監修:安田 浩
産業医科大学 形成外科 診療教授
特定非営利活動法人 創傷治癒センター 理事

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